佐伯:
私が“帰りたくなる住まい”にこだわりを持ち始めたのは、先程も述べたように幼少期からでした。戦後、父が家を出て行き、母子家庭となった母は、私と幼い弟を連れて実家に戻り、私達はそこで暮らし始めたのです。他人の家に居候するというのは想像以上に気を遣うことばかりで、食事はもちろん「いってきます」「ただいま」の挨拶さえ遠慮しながら。大きな声で言えない状況で育ってきたので、幼いながらに“家”が家族のキーステーションであることを実感していたのですね。
渡辺:
それがきっかけなんですね。
佐伯:
家庭環境、つまり家。ここから人の感性が定まってくるんですよ。昔は、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住んで、生きるための生活の知恵を教えてもらっていました。「自然に感謝しなくてはいけない」とか「いただきますという言葉の由来」、「トイレの神様」だってそう。お膳を囲んで、そういった話を教わっていました。それに、庭木や花から感じる匂い、木材の触感…昔の家は冬は寒く夏は暑くて不便なことも多かったけれど、五感を通じて学ぶところがたくさんありました。育てられた環境、育てられ方で人の感性がつくられるんです。そして、それは一生つきまとう。自分自身もそうです。だから、“住まい”というのは“感性の育成”“家族の絆づくり”に非常に重要な要素であるのです。
渡辺:
私も幼少期は小さい家だったため、「こんな家に住みたい」という理想を実現したい思いがきっかけで設計の仕事を始めました。長年設計しているうちに、“住宅”と“家族”は大きく関わっていることをさらに強く感じるようになりました。
佐伯:
昔の家は、土間が真ん中にありました。それにもきちんと理由があって、家族が集まる中心となる場所だから。これが憧れだったんです。それに、箸置きで季節を楽しんだり、旬の食材でおもてなしの心を育んだり…食や住まいのちょっとしたひと手間・創意工夫が、料理をおいしくしてくれて、豊かな感性を育む暮らしをつくってくれる。肌と一緒です。化粧品に頼るのではなく、手間をかけて本来人が持つ肌の力を引き出すことが大事なんです。住まいも食も肌も、素材が持つ物語を知り、それを生かす。その生活の工夫やわびさびが、センスと美しさを育ててくれるのです。
渡辺:
これぞ、“住まいづくりは人づくり”ですね。